ツーリングを初めて行おうとする人達へ
 ツーリングは普段と同じように気軽に走ればいいのだが、明らかに普段と異なる点がある。それは装備と心得である。これは季節やその人自身に左右されるので初期は自己流でいいから旅に出てみることである。そうすればおのずと必要なものがはっきりするはずである。また行動はソロかグループかに分かれるが、グループは3〜4台が妥当な数。

 ツアラーとしてのマナーは休憩や食事の食べかすなどを散らかさないなんていうのは言うまでもなく、自分で出したごみは必ず自宅に持って帰るようにすることである。これはどんなことでも云えることである。またすれ違う他のライダーに軽く手で挨拶をしよう。これはされるとかなりいい気分になるものである。する勇気がなくても相手が挨拶してきたら必ず返すようにしようね。(排気量・車種など差別なく気にしないで)

 私の経験上、車載工具・バイク用雨カッパ・ウエスは持っていくことに越したことがない。車載工具は旅先でチェーン調整やちょっとした調整に必要。カッパはどんなに天気が良くても持っておこう。冬は防寒にも使える。ウエスは特にヘルメットのシールドを汚した場合に役立つ。夏期は細かい虫がくっ付いて大変。手で払おうとすればすぐにつぶれてシールドはすぐに見えにくくなり危険だ。
初の長距離ツーリング 経緯
装備 DT50本体、上着は半袖Tシャツと薄い長袖の2枚、軍手、車載工具ぐらいなもの
 私が行った初の長距離ツーリングの思い出を紹介しておこう。これは私が初めて取得した運転免許を取得したのが1998年の3月くらいで、原付免許がそうだった。当時16歳だった私は乗るならオフ車しかないと考え、ヤマハのDT50を購入したことから始まる。(購入動機など詳しい説明は管理人の単車をみてね。)
 このツーリングが最初で最後の原付長距離ツーリングとなった。

 ●1998年4月、DTの扱いも慣れてきた頃、同時期に原付免許を取ったもっすぁんと知り合う。もっさんはベンリーが欲しかったらしく何故か注文時にカブのエンジンを積んだ…と誤った注文のせいで納車したのはなぜかリトルカブ。そうそう、バイク入門時は車名と自分の欲しいバイクとが一致しないことが多いんだ。

もっさん がリトルカブを買ってすぐ行ったという
もっさんも、オフロード魂があるというか、冒険心があるというべきか、リトルカブで石鎚山のスキー場ロープーウェイ乗り場の獣道を辿ると、こんな所に来てしまったらしい。ロープーウェイを使わず、単車で上まで行けないか、道がないかを探してしたらしい。

 ●1998年5月、もっさんと2人で適当な距離をツーリングすることを約束。出発は土曜日の午前8時30分デオデオ駐車場集合。行き先はとりあえず寒風山通りで高知入りするといった感じ。あまりにも曖昧過ぎる計画だ。

 ●午前10時頃、旧寒風山トンネルを突破し(当時はまだ5400mの四国最長を誇る寒風山トンネルはできていなかったんだ。いやー懐かしい。)、出口の茶店で肉まんとすうどんを注文し腹ごしらえ。(今は営業していないよ。)旧寒風山トンネルは、ランプなしの1200m長のトンネル。基本的に山越えルートだから、新トンネルができる前は40分ぐらい遠回りになった。

 ●伊野町に入り、道の駅 土佐和紙工芸村でトイレ休憩2分程度。ここで後戻りなど考える事ができるはずもなくどうせ次の日は日曜だ。このまま行ける所までいくという無謀かつ曖昧な計画が進行し始める。この時点で12時ぐらいだったかな。

 ●高知市を越え、室戸岬へ行くことに。着いた頃には3時ぐらいだった。ここで小休憩15分程度。ここでまた無謀な意見が成立。それは徳島に入り、遠回りで香川に入り出発点である新居浜に戻ろうというもの。徳島に入りこの地で夕食を取ることに。吉野家で牛丼を食べることにした。この時点で午後6時を過ぎていたと思う。
 この辺りぐらいだったかな。今回の装備があまりにも軽装すぎたことを後悔し始めたのは。そう上着が薄すぎて寒くなってきたことである。幸いもっさんがタオルを貸してくれたのでそれを首に巻いて寒さを凌いだ。

 ●それから香川に入って、丸亀あたりのローソンで休憩することに。この時点で午後9時だった。足がつってきた。ほとんど記憶がなく所々飛んでいる(かなりやばい)。

自宅に着いたのが11時30分ぐらいだったかな。もうへとへとで爆睡し次の日起きたのが午後3時頃だった。
 まとめ
 結果的に曖昧な計画のもと原付だったにもかかわらず四国約半周600キロを走ったことになる。当時の反省点としてあまりにも装備が軽装すぎたことだ。経験上必ずナイロン系の風を通さないウインドブレーカーは季節にかかわらず携帯することかな。初心のうちは防寒対策を必ず失敗する。これは法則みたい。

 今回は新鮮さや情熱があったので休憩をほとんどとらずに行えたが、後半にそのつけが一気に来る。また原付であったために60キロ以上出ないが当時はフルスロットルだった。Kさつのお世話にならなかったのは奇跡に近いなあ。

 よかったのは、これだけ無理をすると大体のツーリングは軽々と実行できるようになることだ。また計画が曖昧で時間に縛られなかったのがよかった。これは重要なポイントで時間に縛られるような旅はあまり楽しくない。時間に十分余裕がある時に実行すべきだ。また計画をガチガチに固めて、全て確実にこなすような旅はちっとも楽しくない。
 このような無茶苦茶かつ無謀混じりの旅は絶対、学生の時や初心の内にやっておきたい。初心の内は全てが新鮮で必ず頭に残る。それに就職してからはなかなかできないぞ。 

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